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2018.06.17 Sunday

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    2018.01.08 Monday

    滑川町 慶徳寺の四天王像

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      熊谷の文殊寺に行った際、近くになんか無いかな〜?とスマホでググッてみたら

      近くに滑川町指定文化財の四天王像があるらしいので行ってみた。

      慶徳寺というらしい・・・

       

      迎えてくれたのは大きくはないが、風情のある八脚門。

      いきなり四天王がありましたよ!

      持国天?

       

      増長天?

       

      広目天?

       

      多聞天?

       

      滑川町によると江戸中期ごろの作らしいとは書いてある。

      寄木作りだろうから解体してみれば、どこかに記録が記されているだろうけど

      解体修復となると莫大なお金が掛かるんだろうな。

       

      とにかく門および像の荒れが酷いですわ。

      いかに維持管理が大変なのかということがわかりますね。

       

      由緒書きが見当たらないが、このお寺のことがちょっと気になったんで

      新編武蔵風土記稿(1830年完成)で調べてみた・・・

      調べてみたけど古文なんて読めるわけないし・・・

      まあ、雰囲気で(汗)

       

      開山時期は書いてない(たぶん)

      上野国邑楽郡「茂林寺」の末寺

      元和2年(1616年)当時の地頭(領主)が本尊の彌陀(阿弥陀?)を安置したとな。

      ちなみに1616年は家康が死去した年だとさ。

       

      で、境内に観音堂がありました。

      と思ったら薬師堂でした。

      向拝(階段上ったとこ)の天井を見たら花鳥風月な天井画が!!

      なんか得した気分♪

      新編武蔵風土記稿によると、

      ここに安置されている薬師(如来像?)は行基(まあ、とにかくすごい僧みたい。奈良の大仏建造責任者)

      作と伝承されているとの事。

      秘仏でご開帳以外は見れないんだって。

      眼病にご利益がある。

       

      新編武蔵風土記稿には鐘楼のことも一言書いてあったっす。

      延亨5年(1748年)に当時の地頭が寄附した鐘を吊るしたって。

       

      数百年経ってるんで、その間に火事やなんやかんやで、当時の物かどうかは

      わかりませんけどね。

      そこらへんの資料は残ってないのかな?

      調べる気はないけどね(^^;

      しかし、ひさしぶりにいっぱい文字を書いたんで疲れた。

      ではでは・・・。

      2018.06.17 Sunday

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